女になるブログ

女でよかったって思いたい。そのためのあれこれのブログ。@natsume_zakuro

施術7回目

今回は、なんだか内容があやふやです。
それだけ、リラックスしてたんだと思います。

施術前に、最近どうだって聞かれて
いろいろ難しく考えすぎてた、
こうじゃないと、こうあらねば、が強すぎてた。
それで変にいろいろ消耗してた。

って答えたら
 
ほんとやでー
君はな、店の前でオナニーして俺に怒られて、
それで『ごめんなさい』って謝ってるくらいでちょうどええねや。
と言われました。

ほんとにそうだと思います。
あとは、
日常のストレスなんかに負けてるなよ
って。

最近、仕事先でいろいろ言われて消耗してたけど
すんごいバカバカしいなってよく分かった。
全然、些末なことです。


それと、キレイな体やなーってたくさん言ってくれました。
先生はお世辞は言わないので、
あぁほんとなんだなぁってやっと思えました。

そんで、ええ体やな〜って写真撮ってくれました。
それ見て、素直にキレイだなって思えた。

よく、スタイルいいね、とか言われることあるけど
背が高い女が珍しいのかな、
背が高ければスタイル良く見えるのかもしれない。
ぐらいに思ってました。

でも、撮ってもらった写真みて、それの意識が変わった。

最近、友達に
あきちゃんは目鼻立ちが派手だから、
って言われて、
そうかなー?地味だと思うけどってその時は思った。

でも、先生が撮ってくれた写真見て、
素直にキレイだなって思えて、
それから街中で鏡みたら、自分の顔が前より華やかに思えました。

こういうこと体感すると、
仕事先でのあれやこれやなんて、いかにバカバカしいかって分かる。
わたしをよく知らない人が言う、
わたしを思って言ってるわけじゃない言葉に
いちいち振り回されることは、ほんとうにムダなことだ。


あとは、性癖についても少し話しました。
『君は人に見られるの好きか?』
『たぶん好きです』
『だいぶ好きやろ。誰にどんな風に見られたら興奮するんや?
知ってる人か、知らない人か。男か女か。年は?
そういうのをひとつひとつ確かめてみい。
それが個性に繋がるねんで』

なんか、性癖を認めて、
ちゃんと要求をオープンにしろって言われた感じです。

言われて、考えてみて、
性癖って自分で掘り出していく感じのことなんだなーって思いました。
それを晒すのは、叶えるのはどんな気分なんだろ。


施術内容は、仙骨側をほぐすのと拡張をしてもらいました。
4本入ってたらしいです。
全く膣入り口に圧がない状態で、指おちんぽをゆるゆる出し入れされるの、
たまらなく好き(*´Д*)

あと、新しい感覚だったのはGスポットを押すではなく
ライン状に摩擦するような動きで20秒間イカされ続けた。
ずっとイッてる感覚が続くのが、これだけはっきり分かったのは初めてでした。


うーんとあとはー、
刺激を全部脳に持って行って変換、コントロールしろ、
痛みやくすぐったいのを、我慢するでなく諦めろって言われたかな。
我慢じゃなくて諦めろって言われたら
アホみたいな声しか出せなくなりました。
平気になるわけでは全然ないんだけど、その刺激を拒否するわけでもない。
面白い感覚でした。


10ある快楽のうち、まだまだ1しか知らへんねんで。
そういうこと言われると、
焦ったり、自分にダメ出ししたりしてました。
何についても。

でも、今日はそうじゃなかった。
ふふふ (*´Д*)
って感じ。

もっと人生、シンプルに、自分らしく、楽しく。
快楽を知ることも、そのうちのひとつ。

f:id:Pomegranates:20180216205937j:plain

イクと治癒力

子宮頚がんの再検査、二段階下がって無事に陰性になりました。


明らかな悪性と、そうでないのの境目くらい、と分かったのが去年の秋。

あまりそのことは心配しすぎず過ごそうと決めました。
施術も今まで通りのペースで受けてました。

今思うと、その頃はいろいろ疲れがたまってたと思う。



なんとなく、治ってる気はしてたけど
やっぱりちゃんと結果として出るとホッとします。

もしかしたら、先生に見つけてもらわなくても
勝手に知らない間に良くなってたのかもしれない。
(↑はいちばん楽観的な考えだって分かってます。
先生の言うこと聞かないで、病院行かないで悪化してたかもしれない、とか
そもそも先生に出会わないでいて、子宮頚がんになってたかも。とか。いろいろ分かれ道があったと思う)

でも、一通り体験できて分かったこともいっぱいあった。


自分の体が良くなるって
すごく安心するし、希望が持てるし、快適、爽快。

あ。これ、イクと同じだって思った。

それを体験する時に、陶酔感とか、スパークする感じがあるかどうかは違うけど
現れ方が違うだけで、本質は同じだって。

自分自身へ還るためのエネルギーのひとつを治癒能力と呼ぶのなら、
イクことも、それを呼び覚ますものなんだなって。


こういうこと言うと、病気の人は
自分が病気なのは、わたしがどこかダメだからなんだ、
ネガティブだからだって思いやすい。

でもね、それも違う。
そうじゃない。


イクとか、病気が治るエネルギーの
裏面なだけなんだと思う。

病気になるのも、治るのも、
同じコインの裏表なだけ。
どっちが裏でも面でもいい。

イクのも、イクを知らないけど知りたいと思ってるのも
同じものを違う面から見てるだけ。


わたしも19歳から34歳くらいまではアトピーが特に酷かった。

かなりよくなった最近まで、
自分がアトピーだったのは、何かネガティブな観念で凝り固まってたからだ、
生活習慣が間違ってたからだって思ってた。

実際、生活習慣を変えたり
ネガティブな観念を癒すたびに少しずつ
アトピーも良くなってきた。

でも、だから『治った』、っていうのとも違うなって思う。

まだ自分の言葉ではうまく言えないけど…。

なんかこう、治る治らないではないと言うか…。


うーん。
うまく言えない。


うまくいってると感じる時、
全然ダメと感じる時。
いろいろあるけど、どの瞬間もわたしの人生であることには変わりないのと同じかなって思う。


おまんこへの指の入れ方 刺激の仕方

人によると思うんだけど、

自分が施術を受けたりしての、こうされると痛くない、気持ちいい、楽だった、をまとめてみました。




まず、濡れてきたら指入れて、

すぐにgスポット、上の方を触る…。

コレ、過去のセックスでされたこと多いけど

苦しくなりやすい。


トントンとノックするような、指の先の部分でプッシュされる刺激は苦手…。


これと、下腹部をぎゅーっと圧迫するのを組み合わされると

トイレ!!!

しか思い浮かばなかった。


蹴り飛ばしてやろうかと思う。





最初に指入れる時、指の腹が上を向く状態で入れてる人が多いと思う。


でも、最初は指の腹を下向きにして、

膣に指を入れるというより

入り口に指の重さだけを乗せる感じ。

それを今度は左右にもする。



指の腹は下向きのまま、膣が指を飲み込んでくのに合わせて進めていって、

ゆるゆる刺激してると上側のgスポットが膨らんでくるので、十分膨らんだら

手を腕ごとくるっと返して掌を上にして、

指の先端から根元までの腹側全体で膨らんだgスポットを丸く捉える感じ。


gスポットが十分膨らんでから、そこで初めて、ぱっと捉えて刺激してもらったほうが

ぐわっと気持ちよくなります。


で、指はgスポットを全体を支えてるだけで、

腕を揺する動きでgスポットというか、膣全体に振動を伝える。

膣全部を揺する感じです。




gスポットはプッシュの押す刺激より、

持続的な広範囲の圧迫刺激と、揺れる刺激の組み合わせが気持ちいいです。


なんにしても、人と体調によりけりだと思うけど。







関係ない

他の人の機嫌や幸せ不幸せと、

自分の気分、嬉しい楽しい、悲しい辛いって

ほんとは全然関係ない。


人は反応し合いやすいから、関係ある、原因や責任がある気がしやすけど

でもほんとは関係ない。



隣の人が悲しくたって、わたしも悲しくなる理由にはならない。

目の前の人が幸せでも、わたしが幸せだとは限らない。



他の人の気分や感情が、

自分の気分や感情の理由には、ほんとはならない。



冷たいとか、共感がないとかではなくて

ある出来事を、同じ場所、あるいは違う場所で体験しても

感じる気持ちが違うし、それについてお互いのせいではないのって

同じ映画を観ても、感想が違うみたいなもんだなと思った。


同じ場面についてでも、感想が違うだろうし

そもそも印象に残ってたり、注目してる場面が違うかも知れない。




わたしをほんとうに幸せに出来るのはわたしだけ。

わたしをほんとうに気持ちよくしてくれるのも、わたしだけ。


他の人が不要だとか関係ないとかって話ではなく、

わたしの幸せ、快楽にたどり着く最後の鍵を開けられるのが、わたしだけ。



1人じゃ鍵の前まで辿り着けない。

だけど鍵は1人でしか開けられない。


だから、人生悲喜交々なのかなぁって思う。



いろんなことが重なると、人が鍵を開ける瞬間に立ち会えることがある。

自分が鍵を開ける瞬間に、人を招き入れられることがある。

互いが開ける瞬間が重なることがある。


これ、お互いにとって

もんのすごいパワーになる。



それを、みんなどこか無意識に知ってて

引き起こしたいって焦がれてるから

人の気分や感情に右往左往しちゃうのかもしれないね。


追記① 施術6回目

先生の施術、すごいテンポと手際がいいのにびっくりでした。 

 

集中して、ほんとに”先生”のちょっと速いかも、ややきついかも、なペースやテンポについていく。
そのことで能力や可能性を拓いていく。

ほんとに授業というか部活と言うか。
そんな時間です。

 

『ホレ、ちょっときついやろうけどこれでやってみい!』って言われてるようです。
全然、甘い雰囲気とかではない。

イヤらしい、でもわりとガチな体育の授業って感じ。
そしてそこはかとなく昭和ロマンポルノ…(;^ω^)

まぁお互い昭和生まれだし…。


先生の施術は、すごく食べ応えと栄養のある牛肉の塊を食べさせてもらってる感じです。
必要だし食べると元気になる。
でも消化するのに時間はかかる。



だから、たまには甘いものが食べたいというか
とことんこちらのペースに合わせてくれる体験も欲しくなる。

でもそれも、誰でもいいってわけでは全っ然無くて。

むしろおまんこの無駄遣いはしたくないって気持ちが
施術を受ける前よりずっとずっと強いので、
一体どうしたものかともんもんとしてると
オナニーの回数がどんどん増えるという、そういう仕組みになってます。

そこで旦那に向かうか、とも一時は頭をよぎったけど
なんかそこは全然そんな風にはならなさそう。

それでも、性的なこと以外の部分で
すごく支えてもらってるなってことは
前よりよく分かってきました。

彼が望んでる類の気持ちを、わたしは彼に返すことはできないなぁと分かったけど
それでもケチらず行きたいとは思います。



施術6回目 ステージ3

施術6回目


今回はステージ3に上がりました。

1はイクがわかるところ
2は自分の筋肉でイケる、連続でイケる
3は『もうイッてますからぁぁあ』だそうです。


イクとか快楽は際限がない世界だなぁって分かって来ました。
どこまでの快楽が、自分の人生には必要か?
どこまでの快楽や性的な事柄が生活にあるのがベストで心地よいのか?
その結果、どんな人生を送りたいのか?

それはきっとその人、その時々の状況によって違うはず。

そこの見極めをするつもりでないと、
なんとなくやめ時が分からなくなるものでもあるなと思いました。

ずっと女である自分を心地よく感じていたい。
そのためには男性や、性的な快楽が必要。

だけどその量も、中身も、年齢や状況で違うと思う。


施術の間隔も、人それぞれ。
性快楽に依存してしまうのは、わたしも本意ではないので
一ヶ月くらいの間隔は、自分の場合は必要だなぁと思いました。


なので、今のペースでちょうどいい感じ。

定期的だと、自分の変化も把握しやすいです。


自分が女であることに、ようやっと
安心しつつ、楽しみ、受け入れ、それを表に出せる。

その回路が少し開いた感じです。
この感じのまま、仕事を回せるようになりたいので
もう少しの間は、施術の助けも借りながら、この流れを大きなものに育てていきたいです。

その回路がステージ3並みに人生にしっかり根付いたら
わたしは十分女のままで豊かに生きていける。

そうだ。
わたしは、女のままでも十分に豊かに生きていけるって体感したかったんだ。



今回の施術で起きたことは

『もうイッてまずからぁぁぁ』と叫ぶ、
膣の入り口、輪郭部の拡張、
鼠蹊部でイク、むしろ好き、
仙骨部でもイク。

トドメはアナルイキと宿便取り。

盛りだくさんでした。

これだけやって1時間弱。
先生の手際の素晴らしさを実感しました。

すごい。
唯一無二すぎる。

絶対、わたしが受け始めた頃より手際が進化してる。



鼠蹊部と仙骨部は、本来性感帯なんてないところなんだけど
そこでイケるということは、おまんこ全体が性感帯に育ってるということなんだそうです。

おまんこが育つとは、おちんぽを気持ちよくさせるおまんこになる、ということなんだそうです。

おまんこはおちんぼのために、
おちんぽはおまんこのために。
これで Win Winです。


どの段階でだかは記憶が曖昧ですが
自分のおまんこがトロトロで、液体みたいに感じました。
トロミのある液体みたい。

そして自分でもわかるくらい、熱い。
その熱さにめっちゃ興奮する。
オンナの熱さだって思う。


アナルイキはあくまで宿便を取りやすくするためです。
でもアナルだかおまんこだか分からないくらい気持ちいい。
おまんこ以上に、何か決定的なものを差し出して掴まれてしまった感があります。



そんな、りっぱな変態になったからこそ、
初めて春Barで脱いだ時の緊張感や怖さ、
初めてイケた時の感動を
忘れてはいけないなと思います。

今も施術の前はソワソワして緊張します。
でも、それでいいんだと思います。

慣れきってはいけない。

施術は非日常で、スペシャルで、特別なこと。
毎日の生活と比較してもそうだし、
きっと何年も後に人生を振り返った時、『あの時期は特別だったなぁ』って思うような時間を、
わたしは今、過ごしてる。


なんでまた会いたくなるの?

『会うと悔しいとか、反発心が湧くのになぜかまた会いたくなる』

『辛い思いもたくさんするのに、なぜかまた行ってしまう』



そんな人や場所に出会う時、何が起こっているのか?



なんとなく毎日が楽しくない、

すごく悲しいことも無いけど、感動するようなこととかも無い。

どこか全部他人事。


そういう時、心はちょっとの範囲でしか動いてない。


f:id:Pomegranates:20180110181825j:plain


この赤い線の上で動いてるぶんには、

ものすごく辛いことはない。


でも、すごく楽しいこともない。




予想外の人と会う、出来事を体験すると

強制的にこの範囲からふっとばされる。


f:id:Pomegranates:20180110181954j:plain



すごくびっくりするし、今まで閉じ込めてきたり、特にダメだと思って感じてないふりしてきた感情に出会う。


人がダメだと決めつけやすいのは、怒り。

感じたくないのは、悲しみ。


強制的に吹っ飛ばされたことで、これらの感情に出会う。

だから、辛いって感じる。


でも、その吹っ飛ばしてくれた人に会いたくなる、その場所に行ってしまうのはなぜか。


それは、吹っ飛ばされた先に

宝物があるのを直感的に感じるからなんだと思う。


f:id:Pomegranates:20180110182632j:plain


もう、この狭い範囲で拾えるエネルギー、パワー、宝物は取り尽くしてロクなのが残ってない。


だから息苦しいし、疲れちゃう。



吹っ飛ばされた先に、もっと大きなエネルギー、宝物があった。


f:id:Pomegranates:20180110182737j:plain


最初は馴染みがないから、それがエネルギーや宝物に見えないかもしれない。


でも、何度もそこを体験すると、そこにあるものの価値が分かってくる。

分かったら、エネルギーや才能として使えてくる。

そしたら人生が変わってく。